例えば僕は今さらまたMT車なんて乗りたくないという話

SONYが発表した新型aiboのニュース見ました?

いやー、すごいですねぇ。最近になってAIという単語を頻繁に耳にしますけど、いよいよ実験を終え製品化の波が押し寄せてきてますね。きっと2018年こそはAI元年と呼ばれる年となるのでしょう。

僕個人といたしましては科学技術の進化には大歓迎です。理由はただひとつ「便利になるから」

・・・なんて書くと目くじら立てる人いるんですよ。便利になったことで人と人との関わりが無くなってうんぬんかんぬん、みたいな。

その人達はそんな感じでテクノロジーの進化に踊らされている人を嘆き、不便だった少し前の時代こそが人間味のある温かい時代だったと口を揃えて言います。

いやいやいやいや(笑)

そんでそういう人々が山のふもとや無人島で、外界をシャットダウンして暮らしてるのかといえばじつはそうでもない。あなた方の使ってる携帯電話やエアコン、愚痴を垂れ流しているSNS、それ十分テクノロジーの賜物ですから(笑)

おっとちょっと極端な書き方になりました。こういうのはよくない。まるで頭が悪い人みたい。

何が言いたいのかと申しますとね、テクノロジーの進化が我々庶民クラスにもたらすものなんて、所詮利便性くらいのものだということです。

もっとハッキリ言えば「本質を根こそぎ奪っていくものではないでしょ?だからそんなにビビんなよ」ってこと。

ここでいう本質とは人間が持っている本質という意味ですね。すなわち感情や気持ち。道具がいくら便利になろうとも、その本質さえ見失わず使いこなせばなんてことはない。AIに支配される世の中なんて来やしませんよ。だって我々には感情があるから。

例えば音楽。

明らかに気持ち悪さを感じる音楽ってのは、やっぱテクノロジーを利用するつもりがどこか一線を越えて利用されるサイドに行ってしまってる。逆に言えば、そのギリギリまで攻めてるものや人間の気持ちが勝っているものってのは、例えどんな道具を使おうが本質が消されることは無いですよ。

僕の最近ハマっている写真もそうでしょ。

僕は人様が撮ったものを見るのもすごく好きなんですけど、明らかに加工しすぎて不自然だったり気味悪い写真ってあるけど、自分の感情をより伝えやすくするためにギリギリまで攻めてる姿勢ってのは美しいと僕は感じます。

aibo?最高じゃないですか。散歩もフンの始末もしなくていいんですよ。足腰が弱った独り暮らしの老人には最高のパートナーだと思いますよ。本物のワンちゃんのつもりで買っちゃう人なんてごく少数ですよ。

インスタグラム?最高じゃないですか。美しい、楽しいといった感情を共有しようという行為の何がいけないの?インスタ映えとかいって踊らされてる人なんてごく少数ですよ。

何度も言いますが、科学技術の進化、すなわち道具が便利になったくらいで失ってしまうことなんてもともとたいしたものではないんですよ。進化を嘆くより、自分の本質をもう一度見つめなおすことからやり直す方が明らかに得策。

テクノロジーというものはその性質上停滞することはありません。停滞は崩壊です。故に常に我々より先に走っていきます。人間の「より便利な世の中にするために」という思いからスタートしているわけですから当然といえば当然です。

ただ、それが今は少し前に行き過ぎちゃってる時代ですので面食らう気持ちもわかります。

けれどもここまでの流れをみればわかるとおり、また人間の本質が追いついて並走します。そしてまた先に行かれる。それの繰り返しですよ。

あー、もっと便利な世の中求む。僕は道具は道具として使いこなす自信がありますのでね。けしてAIなんかに支配されてしまうような気持ちである気が全くしない。

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