自分の世界の構築

今日は某大学のオープンキャンパスということで息子をクルマで連れてったんですけどね。剣道の大会のときもそうだけど、あちら方面に行くときはだいたい朝早く出発するから途中で近所のセブンイレブンでパンを買うんですよ。

で、つくづくセブンイレブンってすごいなと思いましてね。

というのもね、最近物価高でいろんなものがすごい価格じゃないですか。で、パンとかも総じて高いんですけど、いつからか安いシリーズも出してきてるの知ってます?100円台前半くらいのやつ。僕は今日そのシリーズの、しかも20円引きシール貼ってるから結果的に120円くらいで買えたの。塩パンとかいう商品をね。

でね、今回の話は「120円であんな大きくて美味しいパンを買えたからセブンイレブンってすごい!」ということではないの。正直いうとそのパンはうーんって感じだったんです。パサパサで口中の水分がみんな持っていかれるようなね。僕は食べ物って基本的に残さないけどさすがにあれは5切れ中2切れを頑張って食べたけど残りは捨てちゃった。

で、セブンイレブンのパンがみんなあんなのだったらただの「セブンイレブンのパンはいまひとつ」という話なんだけどそうではないの。いつもどおり高くて美味しいパンも並べてあるわけ。

つまりセブンイレブンの凄さは消費者に選択の自由を与えてるってことなわけです。高くて美味しいパンと安くていまいちなパンというね。で、消費者は自分の財布の事情に合わせて、高くて美味しいのを買うか、安くていまいちなのを買うか、はたまた何も買わないか、この3つを選べるわけです。

これって言うほど簡単じゃないと思うのですよ。物価高だ物価高だ言うて「いやぁ今の時代仕方ないっすよねぇ」って何でも高くしちゃってる風潮があるけど、少なくともセブンイレブンのあのパンが並べてある棚に関していえば、その風潮に甘えてるだけではありませんという気概を感じましたけどね。

みなさんも、一度あの塩パン食べてみてくださいよ。「あぁ、なんでもかんでも安易に安物を選択するってこういうことなんだな」と教えてくれますよ、あのパンが。

自分の世界

…で、写真の話なんですが、僕も最近自分の写真ってのをいっちょまえに暗中模索してましてね。結局のところ僕はモノクロ写真が好きなんだけど、ひと言でモノクロ写真と言ってもたくさんあるわけです。トーンが豊かだとか、コントラストが強いとか、ザラっとしてるとか、ヌメッとしてるとか、まぁさまざまですよ。

写真に限らず、音楽とか絵画とか小説とかもそうだと思うんですが、最初はまず物真似から入りますよね。そしてしばらくするとその模倣したものの中に自分の好きな要素が見つかりそこを強調し始めたりする。

で、そのフェーズにいたままずーっと同じことやってる人もいて、そういうのはたぶん作品とか創造ってことともともと無縁のタイプだろうからどうでもいいんですけど、だいたいの人は自分の世界を構築したくなってくるはずなんです。で、あーやこーややってるうちにそのうちせっかく作ったものを壊して再構築というループに入って、最後はもう思想というか観念の世界みたいなものにたどり着く。まぁ僕も昔バンドとかやってたことがあるんですけど、末期の方はもう構築と再構築の沼に入っておかしくなってしまった感があります。

で、最初の話に戻ると、自分の写真はまだまだそこまで行ってなくて最初の構築の段階で暗中模索って感じなのが現状ですね。

というのもロック音楽に自由さを感じたことって僕はあまりなくて、むしろ選択の無さに苦しんだ記憶があるけど、写真はむしろ逆で、選択が多すぎるのに悩まされるって感じかな。

選択の幅って無くてもありすぎても困るんですよ。やっぱセブンイレブンのパンくらいがちょうどいいんだなぁって。

え?わけわかんない?いや、酔っぱらって書いてる文章ではありませんよ。たぶん今回の話はわかる人にはわかってくれてると思うんでこのままアップします。

ということで支離滅裂な話になったかもしれませんが、最後に最近試行錯誤しながら撮っているモノクロ写真を紹介してお別れです。さよならさよなら。

最近撮ったもの

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