あの夏を思い出しながら「地下鉄のギタリスト」を読む。

テレビのワイドショーでは連日熱中症対策の特集を組んでいる。どうやら今年の夏は暑いようだ。

ところで僕自身、夏は嫌いな方だったが近年そうでもないことに気づいた。

息子が成長するにつれ、一緒になって行動的に夏を過ごしているうちに自然とそうなってしまった。そう、まるで僕自身の子供の頃の夏をもう一度繰り返すかのように。やはり子供にとって夏という季節は例外なく楽しいものなのかもしれない。

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発売日の知らせ

ひとつ知らせが届いた。あの土門秀明氏の「地下鉄のギタリスト-完全版-」の発売日が決定したらしい。

※その他詳細は土門氏のこちらのブログ記事でどうぞ。

8月9日木曜日発売。つまりお盆休みにたっぷり読んで欲しい、もしくは読んでいてもたってもいられなくなったら、いっそお盆休みに飛び出しちまえよとのことなのか。

いずれにせよいいタイミングだと思う。もちろん僕も近所の本屋さんで購入するつもりだ。

そう、購入するつもりなのに、自宅の本棚にある「地下鉄のギタリスト」をパラパラとめくってしまった。

19の夏

読んでるうちに自分の19歳のときの夏を思い出す。

正式には19歳になる年の夏なんだが、やはり僕の中で、いや誰の中でも恐らく19歳の夏の記憶というのは特別なものに違いない。

僕は東京に出て初めての夏だった。

風呂無しの元下宿部屋みたいなところで家賃4万2000円。JR高円寺駅から徒歩5分にあるその寝ぐらは、田舎からそれなりの野望を持って上京した少年でもなければくじけてしまいそうな環境ではあった。

東京の夏は暑かった。

もちろんエアコンも無かったその部屋はとても寝苦しく、窓を開ければ隣りの住居の生活音が丸聞こえであることがまた寝付けない原因でもあった。

何故かそんなことを思い出しながらページをめくる。

ところでこの本の不思議なところは、いわゆるダイアリー形式でノンフィクションでありながらやや俯瞰の視点で書かれているところだ。主人公はもちろん土門氏なのだが、どこか客観的で、まるで三人称の物語を語るように描かれている。

これはどういうことなのか?意識してそう書いたのかわからない。今度直接本人に聞いてみることにするが、とにかく読み手としては思わず自分を投影してしまう。

解釈が変わる

この本を読んだ方なら、印象深いエピソードはなんですか?と問われたら、恐らく乳母車に赤ん坊を乗せたお母さんの話が挙がると思う。

数年前に読んだときの僕はちょっと恐い話だな、と思った。

けれども今回読んでみると僕の中でずいぶん解釈が変わっている。あのお母さんにシンパシィを感じてしまうのだ。

そう、いつだって人は何かを信じ、そしてときにはすがりついていかないと生きてはいけない。誰だってそうなのだと思う。

あのときの僕だってきっとそうなのだ。

満足に友人もおらず、帰りたくても帰れず、寝苦しさと戦いながら過ごした19歳の夏。漠然とした夢と希望だけにすがりついていた。今になってもけして楽しかった思い出とは言えないが、それでも人は先に灯りがあれば前に進むことが出来るのだ。たとえそれがかすかな灯火だったとしても。そういうことが身に沁みた夏だった。

先に灯りがみえる道を歩こう。みえないなら今すぐその道からは降りよう。じつにシンプルだ。本当は人生なんてこれだけでいいのかもしれない。

そんなことをひとことも書いてない「地下鉄のギタリスト」を読みながら、僕は将来自分の息子がいろんなことに迷いだしたらそう教えてやろうと何となく決め、本を閉じ眠りについた。

2012年、息子1歳半の夏。

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