いつかどかどかうるさいR&Rバンドを観るために

お盆休み中のとある夕暮れ、ぽっかり時間が空いたので本を読みたくなくなった。

本当はここで土門秀明氏の「地下鉄のギタリスト(完全版)」があれば最高なのだが、残念ながら発売は連休明けとのこと。仕方ないから適当に自宅の本棚を眺めつつ、一冊の本を手に取った。川西蘭の1987年の作品「どかどかうるさいR.R.C(ロックンロールシティ)」である。

この本は何度読んだだろうか?もう5~6度目にはなるかもしれない。もちろんRCサクセションの「ドカドカうるさいR&Rバンド」をモチーフにしたタイトルと内容である。

作者には失礼だが、特にとびきり素敵で優秀な小説というわけではない。むしろ蛇足や脱線も多く、それを取っ払って半分の文字数にした方がきっと傑作呼ばわりされただろう。

けれども僕にとってこの本は大切なもの。簡単に言うとロックンロールに失望したとき僕はこれを手にする。

そう、僕はいまロックンロールに失望している。先日Twitterで見かけたとあるどこかのバンドマンのツイートと、それに対するリプライがさらに拍車をかけた。

バンドマンにとって大切なのはライヴハウスでたくさんライヴをみること。

良いライヴをするにはライヴをたくさんみて勉強すること。

先輩方や同期を見習いつつ試行錯誤すること。

僕は心底ガッカリした。ロックンロールバンドに上のようなことは全部必要ないことだと思っている僕は心底ガッカリした。

言っておくがこのツイートやリプライをした方を批判したいのではない。そんなことをする資格は僕には無いし、こうあるべきだなんて上から意見するつもりも無い。

ただ、こういった意見に多くの方が同調しているのを見て、現代のバンドシーンで活躍してる方々には少なからずこういう感覚もあるのだいうことを痛感させられたからだ。そしてそれは僕が若い頃からつい最近まで持っていたモノとまるで違うからだ。

ただただ、哀しかった。自分が追い求めていたものが時代遅れと認識させられるのはとても哀しいものだ。

そんな気分だったから本を読みたかった。そんなとき「どかどかうるさいR.R.C(ロックンロールシティ)」を手にしたのはやはり必然だろう。

ページをめくる。頭の中に「ドカドカうるさいR&Rバンド」が自然に流れる。

舞台は海沿いの町。どこにでもあるような小さな町。この町で伝説の「どかどかうるさいR&Rバンド」が近々コンサートが開かれるらしい、という噂が立ち、あちこちから人間が集まってくる。そんな根も葉もない噂ひとつで街は浮き足立つ。そしてフィクションにフィクションを重ねて物語は進んでいく。

一気に読んだ。何度目かだったから一晩で読めた。僕の気分は幾分マシになった。キヨシローが「哀しい気分なんてぶっ飛ばしちまいなよ」と耳元で歌う。オーケー、もう大丈夫だって。

結局R&Rバンドに必要なものなんて、「狂気」という才能に基づいた衝動的な表現力、そのたったひとつしかない、とまた思えるようになった。

狂気、いわゆるイカれているということだ。イカれたように一心不乱にその道を歩いてしまってること。

結局はそれなのだ、と僕は思う。いや、全てにおいて言えることだとは思わないか?イカれているヤツ、イカれた道を歩いたことがあるやつだけがいつも風を起こすのだ。

物語に出てくるとある女の子の台詞で、ひとつ僕が忘れられないのがある。

「いかれたひとたちがあつまらないところに、どかどかうるさいロックンロールバンドがやってくるわけがないわ」

そうさ。そのとおりさ。これまでどおり僕は僕の信じる道をひたすら歩くとするさ。

僕はいつかきっとどかどかうるさいR&Rバンドのコンサートを観ることが出来る。そう期待する気持ちだけは忘れない。

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