ヒマなときは図書館に限る。

先だっての日曜日、僕の手元に抱えていた最後の動画編集作業が終わった。以前にちょっとだけ書いたが、いわゆる卒業関連のモノである。

一切手を抜かずに作った。相変わらず傲慢だが「これで受け入れられなかったとしたら、それはおれの問題ではない」というところまで持ってこれた。この手ごたえがずっと欲しかった。

おっと。たかが卒業ムービーと侮るなかれ。その20分足らずの映像を、当日200人以上の人間が参加する会で流すのだ。それよりなにより、恐らく何らかの形で卒業生本人達も目にすることとなるのだろう。

誰だって小学校の卒業は一度しかない。

その記念として、僕からの全力注入プレゼント。

今は本当に晴れ晴れとした気持ちである。

というと、まるで自分一人で作ったような言い方だが、それは大間違い。

一緒に撮影をやってくれた広報部仲間のMさんとウチの妻、つまり計3人で作った。本当にありがとうございました。我がチームは最強です。

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ヒマなときは図書館に限る

というわけでヒマである。さっそく次の何かをやりたくて困っている。ビョーキだろうか?

とはいってもやらなくちゃいけないこともまだ残っている。とある事情でギターを一曲覚えなきゃいけないし、自治会から依頼が来た我が町内用広報誌の原稿もまだ書いていない。

だけどそちらをこなすのは、今はヨシとしよう。まずは図書館だ。

突然だが、僕は人間に生まれ、日本という国で育って良かったと思っている。理由は本が読めるからだ。図書館があるからだ。

もし何らかの理由で、いつかこの酒田という街から出て行かなければならなくなったとしたら、気軽に図書館にいけるところに引っ越したい。あとは海が見える場所が近くて、インターネットのインフラ整備が完了してりゃそれでいい。いや、あとコンビニも必要。

昨年から息子が市の合唱団に入団したので、また僕は本を読むようになった。理由は、毎週土曜に行われる練習の場と、市立図書館が同施設内にあるから、その付き添いで利用するのにちょうどいいから。

僕は毎月だいたい10冊借りる。一度に5冊を借りて2週間後に返しては、また5冊借りる。そういうサイクルだ。

もちろん10冊全部を読むことはない。少し読んでつまらなければ「なんだこれ?」と言ってぶ閉じる。あとは読まない。そういう感じで多いときで月に5~6冊、少ないときで2~3冊を消化している。

そう、文字通り消化している。僕にとって読書なんてそんな高尚なものではないのだ。何かを得たいわけでも、何かに気づきたいわけでも無い。そういうことを目的に本を手にすることは無い。

簡単にいえばヒマ潰しだ。だから図書館内で本を読むことはなく、絶対に借りて自宅で読む。ベッドでゴロゴロしながら読む。きのこの山を食べながら読む。

そういった完全リラックス状態からのヒマ潰しアクションから、結果的に何かを得たり気づくことが僕は多いのだ。

これは本当にそうで、何かのセミナーだの講演会だのに参加しても、いや、参加したことなんてほとんど無いが、とにかくああいう類のものは得てして「くっそつまらない時間を過ごしてしまった。おれのばかっ」と悔やむことが多かった僕だが、くっそつまらない本を読んだとしても後悔することはない。なぜならもともとがヒマ潰しだから。

何度も言うが図書館はいい。特別、本がいいとは言わない。図書館がいいのだ。理由はタダで本を借りられるからだ。

え?ビンボーくさいこと言うなって?

何をおっしゃいますか。タダで本を読めるってのは物凄いことなんですよ。

先ほども書いたとおり、僕は毎回5冊借りることにしている。これは自分で決めたルールで、読みたい本が1冊しかない場合でも必ず5冊借りるのだ。

じゃあ残りの4冊はどう選ぶのかというと、そこはテキトーである。タイトルとか表紙とかそんな感じ。

だけどそういうことを繰り返していると、本当に稀だが新しい自分を発見してしまうことがある。それが面白いのだ。

そう、図書館はキッカケの宝庫なのである。これが購入を前提とした書店となると、なかなかそうはいかない。一冊1800円から2200円もする本を、僕の経済事情では月に何冊もテキトーには買えない。

ところで僕にはこの春3年生になるひとり息子がいる。僕は自分が出来ないこと、出来なかったことを強いるのが苦手なので、普段勉強についてあーだこーだ言うのは難しい。

だが本、そして図書館は好きになって欲しいと思うし、そのように上手く導きたいと思う。小説でも漫画でもいい。とにかく書物でヒマを潰すことを覚えて欲しい。

人間、やはり各々に眠っている好奇心センサーを刺激するのは読み物が一番手っ取り早いのだ。書物をバンバン読んでそのセンサーを揺さぶり、そしていつのまにか得意なことまでに発展させて欲しい。

なぜなら僕は、誰にだって得意なことはあると思っているし、それを自分以外の人のために発揮して生きていくことが、結局は最も幸せに生きていけることだと思うから、である。

昨今では「好きを仕事にする」とか「好きなことで生きていく」というフレーズをよく耳にする。誰かも言っていたが、僕もそれはあまりいいことではないと思っている。好きを仕事にすると、簡単に譲れない部分も多々出てくるし、道中、挫折からの立ち直りも難しい気がする。

だから得意なことで生きていく。「好き」はそこんとこ以外でとことん追求し、一切妥協せずでいいじゃないか、というのが持論。

話が逸れたが、とにかく子どもには本を読んで、自分の中に潜んでいるはずの様々なフラグをチョコチョコ立てていって欲しいものだと願う。

ところでワタクシ、本を読むのはいいが、最近老眼がひどい。いよいよ老眼鏡を作らねばならないのだろうか?それとも巷で話題のハズキルーペとやらは、読書にも適しているのだろうか?

今の僕の悩みはそんな感じである。ではまた。

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