SNSで目にした僕がイライラするあれこれ

昨日友人である高橋奏さん(@tkhs_ssm)の書いたNote記事を読んでたら「先日投稿した僕の写真を”消して下さい”というメッセージがあった」という内容にぶつかりました。

何々というプラットフォームに投稿した何の写真に対して、誰がどのような理由で「消して下さい」とメッセージを送ってきたのかは書いていませんでした。だから詳しくはわかんない。もちろん直接話を聞いてないから送り主が誰かもわからない。

だからこうやって書くんだけれども、ずいぶん乱暴な話だなと思いましてね。

どんな写真なのか確認してないのであまり一方的なことは書けないけど、友人である僕が高橋奏という人間の性格をある程度知っているという前提で推測するに、恐らくそのメッセージの送り主の人格や人間性を直接的に攻撃するようなモノではないはず。

だとすると、その人に都合の悪い何かが「意図せず映り込んでいた」という可能性が高い。実際、高橋奏さん本人も「ただ、街の風景を写した写真」と明記しています。

それを何の理由かも述べずに一方的に削除依頼というのはどうもな・・・と思うし、簡単に応じてしまった奏さん本人にも「なにやってんのあなた」という気分で非常にモヤモヤします。

なぜなら僕は道端写真家ですからね。つまり自分にも十分起こりうる話なんで。

今回の件を自分に置き換えて考えてみると、もちろん何らかのエモーションを共有したくてわざわざアップロードしたものを理由も聞かずに消すわけにはいきません。

仮に音楽だったらどうか?「あなたの○○にアップした○○という曲を消してください」と理由も述べずに言う人はいないでしょ。映像作品にしろ、絵画にしろそうでしょ。

つまり写真はいつも軽んじられるのよ。なぜならカメラを構えシャッターを押すという行為が非常に簡単だからでしょうね。そのシャッターボタンを押す前の作為行動こそが撮影アクションのほとんどの要素を形成しているということが伝わりにくいばかりに。

それが気に食わない。

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そもそも

それともうひとつ。

全てのインターネットサービスは公の場ともパーソナルな場とも場面場面で両方言えますが、ソーシャルネットワーキングサービス、いわゆるSNSは公の場と考えるのが普通じゃないの?と僕は思っています。だって、文字通り交友、交流することを前提に始まったwebサービスなのですから。

そのことをほとんどのみなさんは理解しているから秩序が保たれているワケ。だから今回みたいに個の都合や感情だけで、公の場における他人と何かを共有したいという意思を一方的に剥奪しようとする行為が僕は非常に不愉快。

そもそもインターネットの世界に身を置きつつも個を貫きたいなら簡単な話、ブログやホームページを開設してそこから出てこないのが一番いいんですよ。

とはいっても無料ブログサービスは近年SNS化してるから、ココのオガーTVみたいに独自ドメイン取ってレンタルサーバーを借りるしかないってのがホント。

もちろん費用がかかる。年間数千円ほどかかる。だけど、それと引き換えに好きなことを書けるし好きなものを貼れる。僕は広告も貼ってるからそのコストはペイ出来てます。

つまり自分の都合で好きなように運営できる。最高でしょうよ。

例えばSNSのタイムラインに10枚の画像を連続で貼り付けるのは僕ではとても出来ません。けれど自分のブログなら20枚でも30枚でもためらうことなく貼れる。

僕はSNSにはネガティブなこと、つまり読んでも誰も得をしないことを一切書かないと決めてますが、たまに平静を装ってるんだけど、イライラが抑えられなくてわけわからない文脈になってる人をよくFacebookで見かけますね。

「いやそこまで溢れ出てるんなら普通に直で書いた方がマシよ。むしろイヤミまみれの性格悪い人みたいになってるよ(笑)」みたいな人いますよね。あれはあれで面白いからそのまま突き進んでください。

というかそんなにぶちまけたいならブログに書きなさいよ。僕だって今回みたいなイライラしている内容も自分のブログならいいだろうと思ってやってるんだから。

なぜなら「嫌なら見に来るなよ」って言えるからね。

そういえば今日の夕方、息子の友達が6人も遊びに来ましてね。僕は部屋に入っていってこう告げました。

「おい、お前たち、ここの家は(息子を入れて)4人までというルールがあるんだ。今日はいいけど、次からはじゃんけんとか交代とかみんなでルール決めてから遊びにこいよ」

当たり前ですが公園で遊んでいるときの彼らに「そんなに大勢で遊ぶな」とは言いません。ただし僕の自宅に来るというなら話は別。たまり場にしたくないからそのへんはきっちり言います。オガー法を自由に設定し適用します。

インターネットの世界も同じ。個が欲しけりゃコストを掛ける。掛けたくなければ公の場ということをきっちり認識して立ち回る。それしかないんですよ。

最後にもうひとつ

ネットにアップする写真の肖像権についても、僕なりにちょっとだけ。

前々回の記事でも触れたけど、ネットにアップする写真のプライバシー侵害や肖像権の問題についてはなかなか難しいものがありますね。

というより正解がない。いや、ある。それは人物が誰それであると特定できる画像を一切アップしないこと。これが一番安全でしょう。

けれども不自然じゃないですか?こんなに撮影&アップロード機能が搭載したスマホというものが普及し、高級機の世界ではいよいよ本格的にミラーレスカメラの時代に入っていくというのに、肝心のwebで見かける写真に人物がいないなんて。

まぁ、そんなことをここでボヤいても仕方がありません。僕もいろいろ自分なりに調べた結果、「確実に大丈夫」とか「絶対にダメ」とかそういう明確な答えはなくて、撮影者やアップロード主が個々で判断していくしかないという結論に至りました。

その前々回の記事であげた写真にはばっちり顔が写っている写真もあります。それはもう僕が「お祭りという場だし、そもそもこの写真には誰一人不愉快になる要素がひとつもない」と判断したからですね。

それでももし例えばご本人から削除要請が届いたら消しますけどね。というのも、僕がブログやインスタにあげる写真は、なんというか縮小&透かし入りの、まぁ劣化プレビューみたいなもんですから、元データまで全て消せと言う話でなければ、ブログに貼ったものなどに特にこだわりはありません。

そういえば僕の話ではないんですけど、Facebookに同じくお祭りのときの写真を上げた人を先日たまたまみかけたんですよ。被写体の方がとてもいい笑顔の素晴らしい写真でした。

その投稿に「その方の肖像権は大丈夫ですか?」なんて水をぶっかけるようなコメントするジジイがいまして。

なんというか「ばかじゃねーのか?」と思いましてね。

アップした人がきちんと考えた末に大丈夫と判断したのは明らかなんですよ。なぜって、もともと写真を趣味にしているような方でしたから、そんなことを気にもとめなかったわけがない。

ちょっと考えればわかるでしょうに。

というわけで

まぁ軽く毒づきました。

でもなんというかね、僕はインターネットを素晴らしいものだと心底思ってましてね、楽しいことやタメになることはどんどん共有してみんなで前に進もうぜ、みたいな感覚なんですよ、もともとね。

というかインターネットがもたらす最大の恩恵ってそれでしょ。

それを相変わらず原始人みたいな感覚でいろいろ邪魔してる行為をみたり聞いたりするとね、やっぱイライラもしますわ。

というわけでね、最近肖像権のことに関してはクリア出来ることを発見しました。すなわちシルエットで撮ること(笑)こんなふうに↓↓

つまんないからやんないけどね。ではまたっ!!

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