青い空と燃えている太陽

子どもがいると大変でもあり、また楽しいことのひとつに自らの少年時代をもう一度やり直すかのような錯覚に陥ることである。

特に僕の場合は地元を出て、また同じところに帰ってきて生活をしている人間なので、今まさに息子が自分と同じような夏休みを過ごしている。

ラジオ体操に学校のプール開放、そして先日から始めた剣道スポーツ少年団。それらに付き合っている僕はやはり昔を思い出して懐かしむ瞬間が多々訪れる。ま、何だかんだいっても楽しい。

ところで、誰にも記憶は多くあれど夏の思い出というのはやはり特別だと思う。どちらかというと前向きの僕ではあるが、特に音楽を聴くとたくさんの、そしてそれぞれの夏を思い出して過去を振り返ってしまう。

今日はTHE YELLOW MONKEYの「太陽が燃えている」という曲をたまたまラジオで聴き、彼らが95年にリリースした「Four Seasons」というアルバムを毎日のように聴いていた夏を思い出した。予断だがこのアルバムは絶対に夏リリースだろうと僕は思い込んでいたのだが、リリース日は11月1日となっていたので驚くことに晩秋であった。

90年代東京。じつはTHE YELLOW MONKEYというバンドを僕はブレイク前から知っていた。

正確には、僕がちまちまとバンド活動をしていた頃、「イエローモンキーという舐めた名前でグラムロックやってる連中がいるらしい」という噂を新宿で聞いたことがある程度だが。

毎週のように練習スタジオに通っていた当時の僕。その店番のバイトのおねえさんがなかなかぶっ飛んだ人で、いつもタバコを咥えながらスーパーファミコンでゲームをでやっていた。

僕もゲームが好きだったのでいつしか仲良くなり、発売されたばかりのファイナルファンタジー5を「そこのヨドバシに夜中並んで買った」という話で盛り上がった記憶がある。

アングラなバンド関連の話ともなれば、今と違ってインターネットがないから全て口コミである。中でもライヴハウスやスタジオ関係者は特に情報通だから、THE YELLOW MONKEYの話もそのお姉さんから聞いた記憶がある。他にはデビュー前のJUDY AND MARYも噂になっていた。

そんな話もすっかり忘れた頃に「Love Communication」という曲でTHE YELLOW MONKEYはちょっとブレイクした。

「あれ?このバンド、グラムロックって聞いてたけど全然違うじゃん」と思いながらも僕は普通に好きになり、そこからこれまでリリースされたアルバムを聞き漁ることとなる。確かに初期はグラムロックだったが、途中で方針転換したことがきっかけとなり売れたカタチのようだ。

そして「太陽が燃えている」で確実に一般層に知れ渡ることとなり、その後、満を持してリリースされたのが「FOUR SEASONS」だったように思う。

いつかの夏、僕はこのアルバムをとにかく狂ったように聴いた。その中でもエンド曲に収録されている「空の青と本当の気持ち」という曲は本当に大傑作だと今でも思っている。

この浮遊感溢れるサウンドと、まとわりつくような厭世観を振り払うように真実を探求する歌詞。これは最高のロックンロールだろう。あの「JAM」の布石にも思える。

それにしても「FOUR SEASONS」というアルバムは素晴らしい。今日僕はあの頃と同じように青い空と照りつける太陽の下でクルマを運転しながら聴いているが、20年以上経った今でも心底そう思う。

吉井和哉氏の歌詞に登場する主人公は基本的には僕と合わない。「こうありたい」と一度も思ったことさえない。だが上手く書けないが、根っこの方にあるどこか一箇所に強烈に惹かれる部分がある。

思わず「太陽が燃えている」を一緒に歌ってしまう。THE YELLOW MONKEYがあんなにビッグバンドになった要因に90年代のカラオケブームも関係あるだろう。とにかく日本人好みの泣きの旋律だし、男性には比較的歌いやすいキーでもある。

だからみんな歌う。当時カラオケボックスで他人が歌うことによって知ることが出来たり興味を持つ、という流れは確実にあった。

現代の音楽事情といえば、自分でひたすら探求する人と、音楽なんて無けりゃ無いで構わない人の二極化が激しい。

90年代まではみんなが音楽を聴いていた。先に書いたようにカラオケで新しい音楽に触れることはもちろん、それこそ街には音楽が溢れかえっていた。

そう意味では今は厳しい時代だ。街からお店から音楽が消え、受動的に音楽に触れる機会が少なくなった。だけど僕はそれがけしてJASRACのせいだけでは無いとも思っている。

そこはやはり音楽ユーザーの方が著作権に対しての理解、そして著作者や著作物に対してのリスペクトをもっと持つべきだったのではないだろうか?

音楽はデジタルになり無劣化でのコピーが容易く行えるようになったばかりか、インターネットの誕生でお互いのコレクションを共有することさえ可能となった。

現在ではもちろんそれが違法化したが、法整備が整う頃にはすでに現在の状況になっていた記憶がある。

偉そうに書いてはいるが、僕だって当時はレンタルCDを複製しまくったクチである。そんな僕でも好きなバンドや活動を長く望むアーティストの作品はきちんと定価で買っていた。だけど、そのリスペクトは自分の好きなものだけではなく「音楽文化そのもの」に対して行わなければいけなかったのだ。

そう考えると、JASRACをあそこまでのモンスター団体にしてしまったのは、やはりユーザーや著作者に対する配慮に欠けたプレイヤー側なんじゃないかと思わざるを得ない。

・・・話が脱線してしまった。

現在の僕にとって音楽はいわゆる嗜好品である。特に進化も真新しさも求めてはいない。

そんな僕でも聞き手としてロック音楽に期待し夢を見ていた時期は確実にあった。それこそ今回紹介したTHE YELLOW MONKEYは僕のそんな時期の最後の方へ登場してきたバンドである。

太陽は確かに燃えていた。

スポンサーリンク
アドセンス




シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク
アドセンス