その数センチが技術の差

昨日は息子が通うピアノ教室の発表会が市内の某ホテル三階にて行われた。昨年に引き続き2度目の出演である。

昨年と違う点といえば、僕が記録写真係を担うことになった。正確に言えば妻が集合写真、僕が演奏中のスナップといったように夫婦分担である。

先週はドラム教室の発表会でも似たようなことをやった。正直僕はバンド撮影は得意である。というより長年自分が携わった分野なので臆することなく臨める。

平たく言えば、何がかっこよくてどういうのが喜ばれる写真なのがある程度わかってるつもりでいるのだ。なんといっても僕ら世代は音楽雑誌で感性を培ってきた世代であるから、頭の中にかっこいいカット写真が山のようにインプットされている。

ましてやドラムだとずっと僕がやってきたポジション。「ここからこう撮ってそれでもダメなら僕のせいじゃないよ」というセオリーを知っている。だから先週のドラムプレイヤーを撮るのは正直難しい任務ではなかった。

だが、ピアノというとそうはいかない。全く知らない世界である。だから予めピアノ演奏カットのアドバイスを妻から受けて臨んだ。

僕はこうみえて準備万端な男である。とにかく発表会系はカメラを持ってウロウロすることが出来ないので、ある程度定点からの撮影になる。

だから本番開始だいぶ前からいろいろとチェックし、あとは「演奏が始まったら1台のカメラでここからこう引き気味の絵を撮って、それ済ませたらここから中望遠レンズ付けたもう一台で寄り気味を撮ればオーケー」というところまで確認できたので、あとは本番もそのように全30組近くのステージを漏れなく撮った。

演奏会の後は集合写真撮影、そしてお食事会を終え自宅に戻ったのは20時ころだっただろうか。僕は頼まれたことの場合すぐにデータをバックアップをしなきゃ寝れないタイプなので、すかさずPCの前に座り、そのままチェックに入った。

すると、引き気味カットの方が「あ、これはいいな」と思うのが2割くらい存在した。けしてその他の8割が「良くない」ということではない。その2割が自分なりによく撮れていたのだ。

僕は50ミリの単焦点レンズを使っていた。もちろんズームレンズも準備していったのだが、ほぼ定点からなので単焦点で間に合うのであればそちらがいいに決まっているじゃんというタイプである。

だから同じような画角で撮っていたわけなのだが、このやたらしっくりくる2割はなんなんだろう?としばらく考え、そしてそれはほんの数センチの前後上下左右のポジション差ということに結論づいた。

やはり写真は奥が深い。「カメラの設定は○○でここからこう撮ってれば大丈夫」なんてことは存在しないということを改めて思い知らされた。

今回の場合、例えライティングは一定だったとしても、大きいグランドピアノの前に座るのは、背の小さい子も入れば体格のいい子もいるし、男の子の骨格や女の子のしなやかさみたいに十人十色なのだ。

もちろんそれはわかってはいるので、撮影中も最新の注意を払ってはいた。けれども「本当にベストの数センチまで詰めることが出来たのか?」といわれれば首を横に振らざるを得ない。

世の中カメラが進化し「もはや誰がどう撮ったってそこそこ写真は撮れる」という風潮になってきた。写真の上手い人というのは「いい道具を持っていて、なおかつそれを使いこなせる人」という雰囲気すらある。

僕はそれを真っ向から否定したい。あの数センチにさまざまな技術と感性が詰めこまれていることを僕は今回改めて学んだからだ。恐らくいくらAIが発達したところで、そうやすやすとあの差をひっくり返すことはできまい。

写真は深い。僕などまだまだちんちくりんであることを思い知らされた一日であった。

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