人生を急がなかった人と生き急いだ人の映画をいっぺんに観た

前回の記事で書いたが昨晩から妻と子が不在なので、いわゆる自分一人のパラダイスタイムである。だが昨晩は結局YouTubeを適当に見漁って終わってしまった。今日こそ有意義な一日を過ごさなければならない。

というわけで前々から観ようと思ってた写真家ソール・ライターのドキュメンタリー映画を観た。

僕は映画オンチだがドキュメンタリーの類は好きである。そんな僕からするとこれはかなりこれは素敵なドキュメンタリーだ。カメラワークも素晴らしい。まるでソール・ライターの写真を想像させるような中望遠レンズで覗き込むようなカットを随所に入れてくるところがニクイ。

ソール・ライターは生涯ニューヨークの中の限られたエリアで日常スナップを撮り続け、2013年、89歳で亡くなるまで同じアパートに住み続けた。もちろん経済的に窮していたわけでもあるまい。

なんて素敵な人生だ、と思う。結局人間は生きがいがあれば幸せなのだということを思い知らされる。「世界はほとんどすべてが写真だ」というセリフ、似たようなことを森山大道氏も言ってたな。僕もいつかはそこの境地へたどり着けるのだろうか。

ぜひ、写真に興味が無い人にも観てほしい映画だ。ガツガツした人生なんてまっぴらごめんだという人には特に。

さて、それはともかく1時間ちょっとの長くない映画だったので、時間がまだたっぷり残っていた僕は、返す刀でもう一本映画を観ることにした。それもよせばいいのにジョニー・サンダースのこれまたドキュメンタリーである。

やっぱ観なきゃ良かった。僕が思うジョニー・サンダースの本当に残念なところは、優れたギタリスト、ミュージシャンであるにもかかわらず、それよりジャンキーの象徴として語られてしまうところだ。

世の中のロックンロール・ミュージックの伝承者たちよ。お願いだからジョニー・サンダースの正しい姿を後世に伝えてほしい。それがあなた方の仕事でもある。

そう、伝達する機能の無いロックンロールは意味がない。存在してもいいのかもしれないが、僕はそれをロックのバンドと思いたくない。普通にパーティバンドとして頑張ってほしい。

それにしてもジョニー・サンダースの佇まいのかっこよさには恐れ入る。恐れ入ったが気も滅入ったので散歩に出掛けた。傘も持っていったが横殴りの雨のせいで足元がびちゃびちゃになってしまった。

なんてこったい。何だか今日はいまいち噛み合わない一日だったな。

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