自由を制限された日々の中で

ここのブログ、わざわざサーバーをレンタルし独自ドメインを取得している。もちろんそれだと赤字になるから、Googleと提携して広告を貼り、その収入で黒字化している。

そんな形式で3年もやっていると、それなりに検索エンジンの上位に出てくる記事も多くなる。そういう記事が企業に目に付くようになれば「ウチの商品でレビューを書きませんか?」という依頼も来るようになる。

さっきも来た。ウチのPC用ソフトウェアを使ってレビューを書いてくれたらそのソフトもあげるし、何なら今後謝礼が発生する案件も紹介する、というメールだ。

それなりに聞いたことがある会社だったのでインチキではないだろう。だが断る。僕はブログくらい自由に運営したいのだ。特別欲しくもないソフトやわずかなギャラで制約を受けるのはまっぴら御免だという気持ち。Canonから新製品のカメラやレンズをもらえるというなら喜んでやるが。

そう、自由というのは尊いもの。だがいまの僕らにはその自由が制限されている。

Twitterのタイムラインにはウソかホントかわからない新型コロナウィルスの話題が溢れ、instagramには過去に撮った写真や、批判を受けないように「息抜きに近所をちょっと散歩したときに撮りました」と一言添えた投稿、Facebookのフィードはそれこそ現在本当に大変な方やお店がフル活用されているから、そんな中、ごくごく個人的な楽しい話題を共有しようとするなんて場違いもいいところ。

だが、僕はいまそういった流れにちょっとだけ抗っている。

Twitterにはしょーもない呟きを、instagramには日付と場所を付け加えただけの写真を、Facebookでも自分の身の回りで起きたちょっとした楽しい出来事を、以前と変わらずそのまんま投げている。

もちろん気を悪くする人もいるだろう。だがそこは何というか僕という人間のささやかな抵抗だと思ってもらえれば幸いだ。

もちろん僕だって利口ではないがどうしようもないアホでもないから、いまは大変な国難で、政府や専門家のいうとおりにしなきゃいけないのはわかっている。だから僕も従っている。

だがしかし、今の「みんながみんな、同じ方向をみてなければいけないよ」って雰囲気がとても苦手だ。そもそも「感染しやすい環境を作り出さない」という目的のため「なるべく家にいましょう」という手段のはずだったのだが、最近ではそのへんがごっちゃになり、いつの間にか家にいるという目的のために世論がどんどんスライドし、お互いがお互いを監視化している感がある。

もちろんそれは仕方がないこと。だから僕も従っている。ただ納得していないだけである。

ところで僕は若い頃からロックミュージックにのめり込み、つい三年前までは自らバンド活動を行っていた。今は写真や動画を撮ることに同じように、いや、もしかするとそれ以上にのめり込んでいる。

今の状況はバンドマンたちにとってとても苦しい。音楽は内で発生し外に伝播させるものだから、その外の場がない辛さは痛いほどよくわかる。

僕はいま写真を撮る人間。特に僕がやりたい写真は外から内へ引っ張り込んできて成立させるもの。そこが音楽をやってた頃とは真逆の部分だ。

だが今は双方溜め込むしかない。来たる日のために、心の中で抗いつつお互い息を潜めて溜め込もうといこうじゃないか。

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