高校野球と、プロミュージシャンだとかアマだとかそのへんの話。

僕は小学生の頃から高校野球をテレビ観戦するのがわりと好きでして。

とはいってもマニアではなく、この時期(夏の甲子園大会開催中)になると、優先的にチャンネルを合わせてる程度ですが。

特に応援してるチームはありません。だけど大会が始まって数試合観ていくうちに、自ずと「このチームはなるべく長く観たいな」というのが出てきます。今年の場合は群馬代表の前橋育英高校ですね。昔から投手力が強いトコが好きなので。特に右の速球派が柱として存在するチーム。だから先日の対明徳義塾(高知)戦を観て今後も注目したいなと思いました。

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25年前の夏

馬渕監督率いる明徳義塾高校といえば、92年大会の松井秀喜5打席連続敬遠があまりにも有名です。

当時テレビで観てた僕は「なんだよー、つまんねーなー」くらいしか思いませんでしたが、社会的には事件扱いされました。高野連会長まで苦言を呈したりして。

簡単に言えば「教育の一環の場における高校野球において、行き過ぎた勝利至上主義はいかがなものか?」みたいなことだったと思います。

じつは僕、そちらの方が違和感ありましたね。おいおい、今さら何を言ってるんだ。あそこまでエンターテイメント化して、国営放送まで使って全試合生中継してるくせに、今さら「あれは教育現場です」はないだろう、みたいな。

世代的に「野球」というスポーツを観戦するのが好きな僕ですが、例えばプロ野球は高校野球の延長線上にあるものと考えてはいません。野球に限らず、全てのプロスポーツは選手個々の技術の応酬を楽しむものだと思って観てますが、高校野球は主に監督の采配を初めとする「高校野球ならでは」観て楽しんでいます。

例えば昨日の智弁和歌山対大阪桐蔭戦、智弁和歌山の投手交代直後に大阪桐蔭が仕掛けたダブルスチールなんて、あれはもうメンタルまで一流揃いのプロスポーツの世界では見られないじゃないですか。そういうのが好きなんです。

もちろん人によってはいわゆる人間ドラマを楽しんだり、郷土のチームを応援したり楽しみ方は様々でしょう。それでいいんだと思いますよ。そういう世界だと思います。

とにかくそんな「高校野球」というジャンルは遠い昔に確立しています。いや確立させたんですよ。大人達がね。

それがちょっと都合が悪くなったからと言って「教育の一環」に逃げてはいけません。勝利を最優先して戦うことだって立派な教育ですよ。

余談をひとつ。

ちょうど松井敬遠事件の翌年に、僕のバイト先に入ってきた男が松井と同い年で、どこかは忘れたけど野球強豪校の控えのピッチャーでした。

素朴な疑問として「世間ではボロクソ叩かれたけど、高校野球経験者のキミはあのとき明徳の監督が取った敬遠作戦をどう思う?」と聞いたところ・・・

「僕から言わせればあんなの当然ですよ。だいたいどんな強打者と呼ばれるバッターにも、ここは長打にはならないというコースがあるんですけど、あのときの松井にはそれが無いんです。どこ投げてもホームラン打たれますよ。それくらいの雰囲気を持ってたので、たぶん全国の投手がそう言いますよ。ピッチャーだって勝負させて欲しかったはず、とか一般の人はおっしゃいますけど、んなことは無いと思いますよ。誰だって打たれるのをわかっててストライクなんか投げたくないです。あのときのピッチャーは敬遠の指示を出してくれた監督に感謝してるんじゃないですか?」

なかなか面白いと思いました。もちろん一部の意見として参考にしてもらえれば。

プロミュージシャンだとかバンドだとか

ついでに、というか、僕にとってのプロスポーツの見方に触れましたので、ひとつ音楽に対する考え方も述べていいですか?別にいいよね。僕は今オーディエンス側なんで。

音楽、というか僕が言うのはソロミュージシャンとかバンドとかですね。

今の時代「プロ」という単語を口にするのも恥ずかしいほど、線引きがあやふやになっておりますよね。もともと資格なんてものは無い世界なんでしょうけど、昔は単純にメジャーレーベルと契約出来るか否かがひとつの明確なラインとしてはありました。今はそれはアテにならなくなりましたね。力を持った自主レーベルと力を失ったメジャーレーベルが混在してますから。

ここからは個人的な話になりますが、ライブアクトに限れば、僕にとってもともと目の前の人がプロか否かなんてどうでもいい話なんです。

ざっくり言えば、そいつが何でメシを食ってようが、どんな経緯でステージに経ってようが、頑張っていようが世の中ナメていようが、大きな志を持ってようが快楽主義的に生きてようが、体調万全だろうがどこか骨折していようが、フロアから見る僕にとってはまるで関係ない。

全ては出てくる音と目に入る映像が全て。これに対して僕は対価と時間を使っているわけですから、それしか判断基準がない。

プロ(だんだんこの表現が恥ずかしくなってきた)はそれがわかっているから、揺らぎが無いように最善を尽くす。故に安定します。僕は全ての表現者においてプロとアマの違いというのは、いわゆるこの「安定度」と、自分とオーディエンスとのあいだにしっかりラインを引いてるところだと思いますね。

そして僕はそういう人達が好きだし、逆にいうと、音楽以外のことで馴れ馴れしくステージの上から歩み寄ってきて(物理的ではなくマインド的に)運命共同体としてオーディエンスを取り込もうとして誤魔化してるのが大嫌いなんですけどね。おい、それじゃプロじゃない人達みたいだよ、みたいな。

そう。僕のアマチュア、というか音楽が食い扶持ではない人達のライブの醍醐味はまさにそこで、高い安定度なんていらんとばかりに攻めてる姿勢を観るのが面白いの。4打席連続凡打でも5打席目にホームランを打てばいいじゃん感じにさ。それに音楽ではないところにまで勝負をかけてくるところもあったりして。

そういう感じでね、先に書きましたが、僕はプロ野球が高校野球の延長線上にあるものとは考えていないのと同じように、プロミュージシャンがアマチュアの延長線上にいるものとは考えておりませんし、日頃から自分なりに「ならでは」のことを楽しんでいて、みなさまもそうだったら面白いよね、というのが今回のお話でした。

最後に「目の前にいるのがプロだとかアマだとかどうでもいい」とか書いたくせに、「ならでは」の視線で楽しんでいるって矛盾しているじゃないか?と言われそうなんで書いときますね。僕の中の線引き。

それはね、チケットの価格設定の違いですよ。

そうですねぇ。ワンドリンク込みで3000円を超えると、その日のメインアクトがプロだろうがそうでなかろうが関係なく同じようなことを求めちゃうと思います。ステージが全てですよということをね。

下世話な話なんで、今回はこのへんで。

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