僕はロックしか聴かないはずだった—SMC Takumar 55mm F1.8—

SMC Takumar 55mm F1.8

午前中、クルマのラジオからあいみょんの「君はロックを聴かない」が流れてきた。

あいみょんの歌は好きだが歌詞の内容を追うほどのファンではないので、どういう主旨に基づいて作られた歌なのかはわからないけれど『ロックなんか聴かないと思うけれども』というフレーズがとても素敵だなと思った。

僕にとって音楽といえばロックしか聴かないはずだった。はずだったというのは、14歳あたりでロック音楽に出会って以降のこれまでの人生がそうだったからだ。もちろん流行り歌で気に入ってしまった歌などはこっそりCDを買ったりはしたが、いわゆる自分の感性の血となり肉となるものはロック音楽だけだったと今でも思う。

それが最近はずいぶん変わってきた。津軽三味線やアイルランドの民謡をベッドの上で天井を見つめながら熱心に聴いてたりすることも多い。もちろん何日かするとローリング・ストーンズの音楽に戻ってきて、そしてまた数日経つと別の面白そうな音楽を探すという繰り返しなのではあるが。

つくづく思うのだが、我々は現代において『音楽=商業音楽』と刷り込まれてしまっている。だが、よくよく考えてみれば、本来音楽とは、通貨が存在しなかった時代からあった筈で、例えば祭りで歌ったり踊ったり、あるいは口笛や鼻歌だったり手を叩くとか物を叩くなど、そういうナチュラルな感情や衝動から来る類のものだったはずだ。

「売れてるものが良いものなら、この世で一番美味しいラーメンはカップヌードルだ」と言ったのはTHE BLUE HEARTSの甲本ヒロト氏だったっけか。極端ではあるがまぁそういうことだと僕も思う。

僕が趣味にしてる写真にしたってそうで、instagramでいいね!をたくさん集める写真がいい写真とは限らない。何を以って「いい写真」と定義付けることが出来るのかはまた難しい話ではあるが、少なくとも「いいね!」を集めようという前提で撮って仕上げたような写真は、少なくとも僕は眺めただけで不快感を覚える。

僕ももっともっとナチュラルな感性であるべきだ。そんなことを考えながら、手持ちの古レンズの中で、一番何の変哲も無さそうな描写をするSMC Takumar 55mm F1.8をα7Ⅱにくっつけて、ここ数日持ち歩いてみた。

こういった素っ気ない写真も悪くないじゃないかと思い始めてきた。

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