明後日は息子たちの剣道大会が行われる。3月の全国大会(水戸大会)が中止になったため、恐らく彼らにとって5年生最後の大会となる。
本番が近いこともあって、ここ最近の稽古は道場内メンバーで練習試合が行われるようになり、先日は11月の地区大会女子個人戦で優勝したM選手とうちの息子が試合をした。そして、その日の夜に一緒に風呂に入ったときのこと。
息子「Mちゃんと試合をするのは最高に楽しいな」
僕「ん?なんでだ?」
息子「動きも速いし、いろんなことやってくるし、やっぱ強い人とやるのは楽しいよ。『うひょー』って気持ちになるんだよ」
少々僕はびっくりした。僕自身のことを思い返してみてもそんな気持ちになったことがあったかな?と思ったからだ。
もちろん稽古でそれまで出来なかったことが出来るようになったり、試合で勝ったりすれば楽しい。けれども、戦いそのものを楽しいなんて思ったことがあっただろうか。
しばらく考えた後「ああ、なるほど、これが好敵手というやつか」と気が付いた。そういえば僕にも渡部という男がいたな、とも。
渡部は小学3年の時に転校してきた。帰り道の方向が一緒だったこともあって、先生が僕に「いろいろ面倒を見てやれ」と言った。初日からすごくウマがあって、僕が剣道をやっていると言うと渡部も入団した。
もともと運動神経も勝負勘も良かった渡部はどんどん上手くなり、5年生の頃にはすっかりみんなに追いつき、5年生後半には僕と一緒にAチーム(一軍)に選ばれた。もちろん「後から入ったのに生意気な」と僕は一度も思うことは無かった。
学校や剣道以外でもしょっちゅう一緒にいた。夏休みのプール教室にいくのも神社の境内で待ち合わせして「プールやだな。プールの後の剣道ってすごく疲れるよな」と言いながらトボトボ二人で学校へ向かったのを覚えている。
渡部との稽古は楽しかった。渡部はコテが得意で、僕はメンが得意だったから、お互いにコツを教え合ったりした。どちらかが新しい技を覚えたいときは熱心に二人で取り組んだりもしたし、先生もそれをほっといてくれた。
たくさん試合もやった。もちろん勝ったり負けたりしたしその都度嬉しい悔しいはあるが、勝敗のことや、ましてや「どっちが強い」なんて話は一度もしたことが無かった。剣士がいちいち勝敗のことを口に出すのはみっともないというのがあるのだろう。そういえばうちの息子も放課後遊ぶ仲間にMちゃんもいるが、そういったことをお互い口に出したことは無いという。
5年生も終わりに近づき主将を決める時期になった。もちろん先生が決めるのだが、初めてそういったデリケートな話題を二人でしたのを今でも覚えている。確か理科室だったと思う。
「俺はオガーだと思う。俺は主将ってタイプじゃない。出来ればポジションも先鋒でやっていたい。先鋒だったら俺は全部勝つ自信がある。」
渡部の予言通り、僕は主将に選ばれポジションは大将になった。そして本当にそれからの一年間の大会は「先鋒:渡部」が負ける姿をほとんど見たことが無かった。
中学校へ進んでも仲良く剣道部へ入った。だが、彼は中一の二学期頃から突然学校へ来なくなった。
僕は彼の担任の先生や教頭先生に何度も何度も事情を聞かれた。「何か変わったことは無かったか?」「暴力を振るわれてたとか悪口を言われてたとか無かったか?」というようなことだ。
しかし僕には本当に心当たりが無かった。そしたら「悪いけど、毎朝しばらく家まで迎えに行ってくれるか?」と言われたので迎えに行った。それでも彼は一度も顔を見せなかった。次は「じゃあ、学校終わったら遊びに行ってくれるか?」と言われたのでファミコンのカセットを持って行って遊びに行った。
すると普通に「上がれよ」というので、二人でキン肉マンマッスルタッグマッチやドルアーガの塔を遊んだ。特に以前と変わった様子が無かったので「また来るわ」と言って帰った。それからもたびたび遊びに行ったが、たまに断られることがあったくらいで普通に遊んだ。ただ、行くたびに部屋の壁に殴って開けたような穴が増えてたのが気になった。そして、その直後あたりから彼はもう遊びに行っても顔を出すことは無くなった。
中二になる直前だった。渡部のお母さんが僕に会いに来て、遊びに行くたびに置いてきたファミコンのカセット数本を返しにきた。そして「ごめんね。引っ越すことになったの。今まで本当にありがとうね」と泣きながら言った。
結局、あれから彼がどうなったのかもうわからないが、ただひとつ言えるのは、僕はその頃からだんだん剣道で楽しいと思える瞬間が少なくなっていったような気がする。
・・・そんなことを思い出しながら風呂で息子の話を聞いていたのだが、突然、身体を洗っていた彼が叫んだ。
息子「うおっ!これ見て!」
見ると息子の脇腹に青タンが出来ていた。今日のMちゃんとの試合中、胴を外されて打たれたときに出来たのだろう。
息子「Mちゃん、こえええええええええええええええ」
やけに嬉しそうな息子を見て、こいつひょっとして変態か?と一瞬思った。
好敵手はいた方がいい。出来れば長く続いていくことを願う。