道具から始める楽しみ

服装

旅行用バッグを買った。いわゆるボストンバッグだ。別に高価なものではない。いや、店頭に並んでた時は高価だったのかもしれないが、僕が買ったのはそれが人の手に渡り何年もたったシロモノのいわゆる中古品だ。仕方が無かったのだ。人にはどうしても見過ごせないものとの出会いというものが稀にあるのだから。

僕は50年を越えた年数を生きているので、バッグの数はそれなりに持っている。だけど必要に迫られて購入したのがほとんどで、自分の欲求に負けて手に入れたのはやたらかっこいい年代物の革のアタッシュケースと今回のボストンバッグだけだ。

ここにきて問題なのは僕は旅行に出かける予定なんて無いということだろう。でも、いいのだ。このバッグを毎晩眺めて旅に出る想像をするだけでいいのだ。

時期は冬がいいと思う。そしてやはり電車の旅だろう。厚手のウールのダブルブレストのベージュかブラウンのロングコートを着こんで、少し寂れた田舎町で下車しカツカツとブーツの底を鳴らしながら宿へ向かう。バッグは絶対手持ちだ。付属のストラップを使って肩からなんか掛けない。

くー。たまんねえな、おい。

まぁ100歩譲ってクルマの旅でもいいや。でも、行き先はやはりカントリー方面にしたい。シティにはいかない。シティではこのバッグとベージュのウールコートは輝かない。

くー。一生実現しそうにないな、おい。

それにしても、である。

以前、僕はよくカメラの購入相談を受けていたことがある。そのとき絶対に「何が撮りたいの?それがわかんないと奨めようがないよ」と最初に言っていた気がする。

いま考えるととても野暮なことを言ったなと思う。

なぜならあのとき僕にアドバイスを求めてきた人たちは撮る写真なんか二の次なのだ。要はカメラという道具がある生活を送ってみたかったのだと思う。

つまり今回の僕と同じなのだ。旅行に行くからそれ用のバッグを買う。撮りたい被写体があるからそれに適した撮影道具を買う。

そうではないのだ。カメラという道具に惹かれたのなら予算の許す範囲でピンと来たものを買って、何を撮るかなんてあとで考えればいい。僕はそうアドバイスするべきだったのだ。

今ならわかる、わかるぞ。惹かれた道具から始める楽しみがあったっていいのだ。むしろその方が人間らしいのではないかとさえ思う。必要だから買う。それだけの人生なんて味気ないじゃないか。

とはいえ、僕のバッグもこのままだと目を付けられた、いや妻に貸してそのまま帰ってこない恐れがあるので、早急に使用する計画を立てなければ。

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