うちの妻は写真業である。写真業という言葉が実際にあるのか知らないが、本人がそう言っていた。
もともと写真業だったのだが、一度離れ、昨年4年ぶりに戻ってきた。今度は勤めではなくフリーランスとしての再スタートだ。
そんな妻の商売の手伝いで、先だっての日曜日にとある家族写真撮影に出掛けた。場所は土手である。雨上がりの土手だったのでワークブーツを履いていくことにした。若い頃に買ったレッドウイングの8179アイリッシュセッターの黒。いわゆる定番の黒セッターである。
最近の僕は靴を手入れすること、そして履いていく靴を選ぶことに凝っている。こんなことは20年振りだ。というのも僕はマニアでは無いが、25歳あたりまで靴というものを大事にしていた。大事にしなくなったのはスニーカー生活になってからだと思う。
けしてスニーカーを下に見てるのではない。単純に「こんな楽な履物があるなんて!」と衝撃を受け、それから毎日履くようになった。と、同時に楽なシューズ生活に慣れ切った僕はいつしか靴の手入れというものをしなくなったのだった。
ここまで読んだ若い人はピンと来ないかもしれない。「普通逆じゃないの?スニーカーって若い頃に履くものじゃないの?」と思うかもしれない。
でも実際、僕は中学生から25歳になるまでのあいだ、僕はスニーカーを履くことが無かった。学生時代は革靴めいたものを履いていたし、上京してからもバンドマンっぽい革靴ばかりを好んで買っていた。当時の僕にロックの人間がスニーカーを履くなんて発想が無かった。というより周りもそうだったと思う。スニーカーっていわゆる運動靴だったのだ。僕ら、東北の方田舎から出てきた、いつまでも垢ぬけない男たちにとっては。
でも、ガンズ&ローゼズのアクセルもハイカットのバスケットシューズを履いていたし、エアロスミスのスティーブン・タイラーもアディダスの真っ黒なスニーカーをステージで履いていたのを見た頃から少し僕も変わり始めた。とどめはエアマックス95のブーム。街にはスニーカーが溢れた…というか完全に市民権を得た。
そんな僕の東京時代の最後に革ブーツを買ったのは、この日履いた8179だったと思う。たぶん96年に渋谷のレッドウイングで買った。流行り過ぎて偽物が出回っているというので、わざわざ友達に付き合ってもらって正規店で買ったのだ。
レッドウイングのブームって恐らく二度あったと記憶している。90年代始めのエンジニアブーツ。そして90年代半ばのワークブーツ。エンジニアブーツには惹かれなかったが、この8179には惹かれてしまった。
買ったばかりの8179は硬かった。硬すぎて苦痛を抱えながらだったが、毎日アパートから中野駅まで歩いた。途中、短い距離だが桜並木がありとても綺麗だった。風が吹くと花びらが舞い上がった。
この日、妻がカメラのシャッターを切るたびに、僕はそんなことを思い出しながら、当時の記憶へとタイムスリップしていた。
確か当時の雑誌ではレッドウイングは一生モノ!とか言ってたっけ。でも、そんなわけは無いだろう。当時、揃いも揃ってみんなが買い求めた8179は、2023年現在、どれほどの割合で現存しているのだろうか。
僕だって偉そうに語れない。この8179だって途中7,8年ほどほったらかしだった時期がある。あまりにもボロボロなためにもう手にすることすら興味が無くなったのだ。
だが、不思議なもので今こうして僕の8179は2023年に復活した。あんなに硬かった革はいつの間にか柔らかすぎるほどになって、もはやスニーカーを履いてるような感覚だ。何というか捨てなくて良かったなと思う。
撮影を終え、自宅に戻ってから、何だか8179の写真を撮りたくなったので再び履いた。写真は撮れたが履き方を横着してしまった。ちゃんと上まで紐を通さないとマニアに怒られそうだ。
レッドウイングは一生モノ!かどうかはわからないが、この日、とりあえず一生手元に残しておきたい気分になったのは確かだ。