負けて得るものはあるのか

剣道

先だっての土日。日付にして2025年7月12日と13日。息子が所属する、いや、恐らく剣道部に属する多くの中学生の目標である県中総体が行われました。結果は以下の通り。

【男子個人部門】→優勝 
【男子団体部門】→第3位 
剣道は個人競技ですが学生剣道の場合やはり花形は団体戦なので、形としては『団体戦は準決勝で敗れたものの、個人部門をチームのエースの子が獲ってくれて溜飲が下がった』といったところでしょうか。
さて…結果だけ見れば男子チームだって県下には60ほどのチームが存在するわけですから、その中でベスト4というのは素晴らしいことではあるし、東北大会の出場権利も得たのでもう3週間余り活動が続けることが出来るわけです。
ですがやはり優勝を目指していた…というか、恐らく多くの人達が確信めいたものを持っていたので達成できなかったショックは大きい。勝負ごとにはめっきり悲観的に考える僕でさえ『全てが上手く運べば80%、少々想定外のことが起きた場合でも50%はあるな』と思っていたくらいですからね。
でも、ダメでした。
ただ…僕は大人だし保護者として負け惜しみでもなんでもなく今回得たものはとても大きいと思っています。
もちろんここで打ち立てた目標を達成できていれば、それは彼らの大きな成果となり今後の人生に好影響をもたらしたでしょう。
ですが、自分たちで目標を定めそれに本気で向かっていった時間は勝とうが負けようが確実に存在し消えることは無いのです。その経験はもしかすると、今後の人生において達成した場合の成果よりももっと大きな財産となり得る可能性がある。
じつはこんなことは僕ら大人はわかっていることなんですけどね。少なくともかつて何かにひたむきになって打ち込んだ経験がある大人であれば誰もがわかっているはずです。
けれども口でそれを子どもたちに伝えるのはとても難しい。だったら彼らに身を持って経験してもらう以外に術はない。本当に大切なことは自分でわかっていくしかないんです。
…という持論の僕ですので、今回の件はどっちにしろ得たものが大きいので何も悔いはありません。競争や勝ち負けといったエッセンスを限りなく薄くされてしまった現代の子どもたちの世界の中で、それらを堪能させて頂いたことに対して仲間や指導者先生に心より感謝いたします。
もちろん本人たち自身は今日明日では何も理解できないでしょう。でも、何年後か何十年後、いつか必ずあの時間がかけがえのないものだったことに気づきます。そのときまた人間として大きく成長するでしょう。
いやぁスポーツって本当にいいもんですね。もう少しだけ彼らの剣道が見れることに感謝しつつ、今日はこのへんでさようなら。
タイトルとURLをコピーしました