息子が剣道を始めた頃にひとつ教えたことがあった。
「おい、少年剣士として一番かっこ悪いことは何だと思う?」
「うーん。弱いこと?」
「いや違う。剣道ばかり強くて勉強が出来ないこと。これが一番惨めでかっこ悪い。むしろ勉強が出来て剣道が弱いやつの方がまだかっこいい。だからまず学校生活をきちんとしろ。剣道はそのちょっと外側をゆっくり並んで歩くくらいがちょうどいい」
それから2年近く経ち息子は主将になったが、ここまで剣道にばかりのめり込むこともなく、学校も勉強も楽しくやれているようだ。
さて先日、学区内のスポーツ少年団の退団&入団式が行われた。僕も参加するのは初めてである。
というのも僕が子どもの頃は無かったイベントだし、二年前はまだ息子も入団前、そして昨年はコロナ禍で中止だったからである。ただ、概要を読むと新主将からのあいさつみたいなコーナー(思い出やこれからの目標など話してね)があったので、そこだけは奴に準備させなければならぬ。
ということで一緒に風呂へ入りながらインタビューした。
「おい。Kくん(卒団する前キャプテン)との思い出はなんだ?」
「3回くらい対戦したけど一度も勝てなかったこと」
「じゃあ強くなって中学に行ったら勝つくらいのことは言え。あとは目標とかあるか?」
「東京ドームで試合がしたい」
「いや、それは野球部じゃないと無理だ。剣道で一番ビッグなイベント会場は日本武道館だ」
「日本武道館ってなんだっけ?」
「お前、六三四の剣を読んだだろ?あれによく出てきただろ?」
「ああ!あそこか!じゃあ武道館だ!おれは日本武道館の大会に出たい」
「じゃあそれ自分でまとめて書いて、本番は紙が無くても言えるように暗記しろ。剣士が下を向いて紙を読みながら話すなんて許されない。そんで体育館の奥の上にある時計をじーっと見ながら話せ。ゆっくりだぞ。」
「わかったー」
という作戦で挑んだのだが、いかんせん僕も未経験なんで場の空気がわからない。もっとなごやかな雰囲気の会なのかもしれないし、そもそも一人だけ5年生の主将なんで、あまりにでかいこと言って生意気に思われたらどうしよう。おれがドキドキしてきた。
んで本番。
「僕には目標が2つあります!ひとつは中学でK先輩に勝つこと!もうひとつは日本武道館で行われる全国大会にチームのみんなと一緒で出場することです!」
ああ、日本武道館。なんていい響きなんだろう。なんといってもニッポンブドウカンである。あの数々の武道の名勝負を生んだ聖地であるばかりか、数々の伝説のロックコンサートが行われた伝説の会場である。
じつは僕もその大会には6年生の夏に出場している。というよりそのへんの地区大会や県大会で好成績を残したなんて思い出よりも、やはり真夏の東京に全国から少年剣士が集まって武道館で試合をするって興奮にはかなわない。間違いなく一番の思い出である。
一回戦で負けたけどね。
というよりこれが保護者として子どもたちに連れて行ってもらう日本武道館なら、さらに感激もひとしおだろう。恐らく今年の開催は無理な気がするので、ぜひ2年後の夏を目指して頑張ってもらいたい。
ああ、武道館の前で最高の集合写真を撮りたいぜ。
~古賀稔彦さんへ~
先日、旅立たれた知らせを聞き大変驚いております。
私は剣道をかじった程度の人間ですが、柔道と剣道、畑は違えど真の武人である貴方の姿に憧れたものでした。
テレビを見ていた息子は、あなたが残した「ピンチこそが最大のチャンス」という言葉、そしてVTRでの日本武道館で戦う勇姿がしっかりと胸に刻まれたようです。本当にありがとうございました。
在りし日のお姿を偲びつつ、ご冥福をお祈りいたします。