技の伝承は時空を超えて

剣道

5月に行われた剣道大会で息子が珍しい技で一本を取った。メン返しドウという技で、相手が打って来るメンを受け、返す刀でドウを斬るという技だ。

技そのものは珍しくは無く、今どきは小学生もよく使う。だが、これまで息子自身が使ってみせたことがほとんどなかった。

もちろん僕は驚いた。しかも相手は学年がひとつ上の当地区チャンピオンの選手である。普段の練習メニューに入ってるからこれまで何百本と振ってきた技なのはわかるし、そういう意味ではラッキーパンチではないのだが、あの場面で、しかもそんな技を成立させるのが最も難しいと思われる相手に対しなぜ出そうと思ったのか?帰りのクルマの中で勝利を称えることよりも先に僕はその部分を問いた。

「試合の前半でのやりとりの中で、あそこでああやればメンを打って来る予感があったからやってみただけだよ。そしたらパコンと決まっちゃった」

と彼は言った。

「でも、あれは6年生の時に父ちゃんに教えてもらったやり方だよ」

…いや、そんなはずはない。僕自身、あの技が苦手な選手だったから教えられることなど何もない。きっと彼は勘違いしている。

改めて自宅に帰ってからその試合のビデオを観た。どんな審判でもこれには一本の判定をするのではないだろうか。それくらい出来過ぎとも言えるくらい綺麗に技が成立している。

そして何度も観ているうちにハっとした。そうか。そういうことだったのか。これは中学で俺のひとつ上の先輩だったS田くんのメン返しドウのやり方だ。

40年近く前、僕はこの技が上手だったS田くんに部活の居残り練習に付き合わせてコツを聞いた。剣道の先生たちが教えてくれたやり方とは全く違う方法だったが妙に腑に落ちたのを覚えている。そしてそれを確かに僕は小6のときの息子に軽く教えた記憶がある。

あの単純で短いやり取りの中で伝えたことが、彼の中にある引き出しの奥でこれまでずっと残っていたのかと思うと、ちょっと鳥肌が立った。

じつはこのメン返しドウのやり方は教則本や教則ビデオで習得することは出来ない。今思えばむしろ間違ったやり方という扱いをされる類のものだと思う。けれども試合という実戦において、そしてある特徴を持った選手が相手ならばとても効果的であるのもまた事実なのだ。

このようにGoogleの検索エンジンやChatGTPでは出てこない知識や技術はさまざまな分野においてまだまだあるのではないだろうか。

結局肝心なことは人から人へなのだと思う。S田くん、元気にしてるかな。

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