息子がチャリに乗れるようになった話。

どうもオガーです。突然ですがウチのセガレはこの春から2年生になります。

コミュニケーション能力があるのかなんなのかわかりませんが、友達はそれなりにいるみたいです。しかも多学年。このあいだ「おれは1年生から6年生まで友達がいるぜ」とホザいておりました。まぁ向こうは友達とは思ってないかもしれませんが。

それでもウチに最近よく遊びにくるのは2年生とか4年生の子なのは事実ですので、それとなく僕は聞いてみました。

「おまえ、このままチャリに乗れない男だとすると、高学年になってみんなでチャリで遊びに行くときどうすんの?走ってついていくの?」

そうです。うちのセガレはチャリに乗れないしそもそも嫌いなのです。モノ自体は幼稚園の頃からあるのですが、補助輪ハズしたとたん「乗れる気がしない」といってほこりを被っていました。

ここに来て「自分だけ乗れない」ということに焦りが生じてきたらしく、僕が言った言葉に「じゃ、練習するかな」と素直な反応。ようやくチャンスが来たと思った僕は公園に連れ出しました。

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毎日夕暮れ時の公園にて練習

初日。なんともならず。

二日目。僕が手を離すとブレーキをかける始末。

三日目。ようやく自分で進む意志を見せ始める。

この三日間、冗談ではなく僕は頭がハゲそうでした。

けれどもそのイライラの理由が「チャリ如きにビビリ過ぎのセガレ」に対するものではなく、自分の指導力の無さに対するものなのはわかっております。わかっているだけに頭の中がおかしくなりそうなのです。

セガレが二歩目三歩目で足を地面についてしまう姿を眺めつつ、イライラしながらベンチで座ってた僕の目の前でちょっとしたことが起こります。

別のベンチで僕ら親子の姿を眺めていた見知らぬじいさんが、突然息子に話しかけ始め、なんと丁寧に指導し始めたじゃありませんか。

見るに見かねたのでありましょう。

この父親の教え方じゃ駄目だと思ったんでしょう。

なんて親切なおじいさんなんでしょう。ありがとう、おじいさん・・・なんて、人間が出来ていない僕が思うわけがありません。

「おい、じいさん。余計なことしないでくれよ」

いやもう開き直りますけどね。指を差しながらこういうことを平気で言っちゃう僕って最高ですね。ロックですね。

だってそうじゃありませんか。

ハッキリ言ってチャリなんて普通にいけばいずれ乗れるんですよ。見る限り、そのときの時点でセガレが乗れるようになるのだって時間の問題だったわけです。その瞬間を僕ら父子は今か今かと待ちわびてるだけなのであります。

それをですね、ドカドカ割り込まれても困るんですよ。

大事なのはチャリに乗れることではなく、父子の苦労が実を結ぶ瞬間なわけですよ。

それを「ワシが教えたおかげであっという間にこの子は自転車に乗れるようになったのじゃよ」なんて、見知らぬじいさんに気持ち良くなられちゃ困るんですよ、はっきり言って。

・・・ここまで書いてちょっとだけ自分が嫌になってきましたが、いいや僕は負けません。負けませんが、その日は陽も落ちてきたので帰りました。

四日目

この日、妻が休みで自分もついて行くと言い出しました。

嫌な予感がします。今日乗れるようになっちゃったら、父子だけの絆で完遂するはずの当プロジェクトに、妻という第三者も加わった思い出となり残ってしまいます。

(くそ。だがまぁいい。昨日の様子だとヤツは今日もまだ乗れないはずだ)

こういう邪念を抱きつつ三人で公園に向かいました。

練習開始3分後。それは起こります。

・・・画像間違えた。

あっさり乗れてしまいました。

母親の前でいいかっこしたい>父との絆

↑のサブタイトルどおりです。ヤツは母親の前でいいかっこしたいという思いだけで、このプロジェクトを終わらせました。しかもあっさりと。

「すごーい!かっこいい!」

と母親にほめられ調子に乗ってどんどんこぎ続ける彼は、もはや僕の方を見向きもしません。

母は偉大なり。

そんな言葉が僕の脳裏をかすめた夕暮れの公園。帰り道、ちょっとだけ寂しかったのを覚えております・・・。とほほ。

ではまたっ!!

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