酒田大火から43年

1976年の10月29日は酒田大火があった日だ。

僕は1972年の11月生まれ。つまり4歳になる目前の出来事だった。

記憶はほとんどない。ただ、逃げる準備を終えた母親にヒモでおんぶされたことは覚えている。それと、なんとなく感じたけたたましい雰囲気と、北西の空がオレンジ色に染まっていたこと。

高校卒業で東京に出た僕だが、一時期タクシーを頻繁に使わざるをえない時期があった。だいたい運転手との会話はお互いの出身地のことになるのが都会のタクシーの常だが、酒田出身と告げると例外なく酒田大火の話になった。テレビで全国中継されたほどの大火災だった。

ほとんどの運転手は「すごい火事だった」で終わるのだが、唯一1人だけ僕でも知らないことを教えてくれた。

「あんなにすごい火事だったのに、町一丸となってすぐ立て直したんだよね」

そんなエピソードを初めて耳にした僕は、あんなに嫌だった故郷が少し誇らしくなったのを覚えている。

僕の父は町の生まれで母は農家の生まれだ。彼らが結婚し、今オガー家が住んでる場所に家を建て、その後僕が生まれた。

なのに父親は本籍を変えなかった。だから僕も自分が結婚するまで一度も住んだことがない「酒田市二番町」がずっと本籍だった。あの夜、僕や母のところに父がいなかったのは、必死に町の友人たちの元に行ってたからだった。

翌日の早朝、火は新井田川を越えることなく消えた。だが、父の友人たちの家は燃えた。家だけではなく子どもの頃に遊んだ思い出の場所も一夜にして燃えた。

だが、立て直した。タクシーの運ちゃんにその話を聞かなかったら、大火にあって発展が止まった町というイメージのままだった。

あのとき子どもだった僕は、先人たちが町を発展させ、燃やし、そして復興させたのを指をくわえてみていた。そしていつしか「何もないところ」とボヤいて町を出て、結局何も成し遂げることなくおめおめと帰ってきては年齢を重ね、今ではのうのうと次世代だの若い力だのホザいている。

そんな僕だが、数年前に「ちょっとこのまま終わるわけにはいかないな」と気づいてしまった。だからいま自分の目の前にあるやれることを全力でやろう、と思う。

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