【読み聞かせ】マッチ売りの少女を知らない子どもたちへ

読み聞かせ当番の日の前日の夜、さて明日は何を読もうかと考えていた。

息子の本棚はもはやそれっぽいのが無いし、市立図書館は改装中で休みらしいし、かといって直前にバタバタと学校の図書館で探すのもあんまりだ。

そんなことを考えていたら、ふと自宅には20冊もの「世界童話全集」があることを思い出した。僕が幼い頃に買ったはずなのでかれこれ45年くらい前のものだろう。小さい頃、寝る前にこれを何度も何度も母親に読んでもらった思い出がある。

息子に聞いてみた。

「おい、マッチ売りの少女って知ってるか?」

「知らん。マッチってなんだよ?」

なんと嘆かわしいことだろう。あの名作が現代の子どもに語り継がれていないとは。

これはミスター昭和オヤジの異名を持つワシの義務でもある。明日はマッチ売りの少女を読もうと決め、そして寝た。

次の日8時過ぎ学校に入った。今日は3年2組か。まぁ3年生なんてもうどこも知ってる連中ばっかだけどね、と思いつつテクテク階段を上り教室へ向かった。

それにしてももう3年生は大人になってしまった。以前のようにくだらないギャグを言っても滑るのが目に見えていたので、挨拶の後はすぐに読み聞かせに入った。そして予想通り、ほとんどの子はマッチ売りの少女を知らなかった。

本は重いし、しかも話がちょっと長いので途中腕がプルプルしてきたが、なんとか最後まで読み切った。みんなに感想を聞くと口々に「可愛そう」と言った。

「うん、俺も小さい頃にこの話を読んで聞かされたときにそう思った。可愛そう過ぎてちっともいい話じゃないとね。だけど大人になったら『ああ、この少女は本当はとても幸せだったんだな。だって最後に大好きなおばあさんと一緒に天国に行けたんだから』と思いましたよ。結局幸せなんてその人が決めることなんですね。周りからみて可愛そうだったり大変そうなことでも、本人にとって幸せなことなんてたくさんあるからね。みなさんもたくさん幸せを感じることが出来る人になりましょう」

といういつものオガー式道徳タイムでしめようとしたときに質問が入った。

「なんで昔の人の顔って写真じゃなく絵なんですか?」

「おおっと、それはいい質問だ。それはね、単純にカメラが無かったからだよ。カメラが発明されたのは確か1830年くらいだったと思う。だからこの話を書いたアンデルセンや、音楽室に飾ってあるベートーヴェンとかがギリギリカメラが無い時代の人だね。だから昔は肖像画といって、その人の似顔絵みたいなのを描いて残したんですね。今はカメラがあるから写真だね。君たちの写真も未来へ残すためにおじさんは撮ってるんですね。だから逃げないでたくさん撮らせるように。ではおしまい」

担任の先生も若い先生だがさすがにマッチ売りの少女は知っていた。ということは二十代はオーケーで今の十代以下が危ないってことだな。うむ、嘆かわしい。今後はここの学区の世界名作童話伝承者として僕が頑張らねば。

そんなことを考えながら階段を下りていくと校長先生がニコニコしながら立っていた。どうやら僕が読み聞かせしてるしてるところの写真を撮ったらしい。というか気づきましたよ。フラッシュまで使ってたじゃないですか。

どうかその写真もきちんと未来へ残してくださいね。

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