観る人の記憶に委ねる

今日時点の予報ではあるが、ここ山形県酒田市の今年のゴールデンウィークはパっとしない天気のようで、雨や曇りマークがたくさん記されている。

とはいっても相変わらずのコロナ禍なので、もちろんウチもどこか遠くへ出掛けたりはしない。せいぜいカメラを持っての近場の散歩やドライブで楽しむつもりだ。

あまり写真を撮らない人には「晴天の日こそがカメラ日和」と思ってる人が少なくはないが、じつはそうでもない。特に人物写真などは影を気にしなければいけなくなるので曇り空の方がいいくらいだ。もちろん「青い海をバックに」など条件付で撮るならば快晴が必須条件になるのだが。

特に僕はモノクロ写真を撮るのも好きだ。ハイコントラストのモノクロを撮りたいときはギラギラした天気がいいが、多くの場合は階調や形を楽しみたいときの方が多いので、薄曇り程度の天気の方がモノクロ欲が湧いて来るのは確かである。

それにしてもモノクロ(単色)写真はいい。それは見る人の記憶色に委ねられるからだ。

どんな天気のいい日に、どんな青空を撮ったとしても、それは撮影者、もしくはカメラが選択したブルーである。鑑賞者によっては、

「あの日の空はもっと青かった」

「あの日の空はこんな鮮やかなブルーではなかった」

・・・となるかもしれない。というかなるのだ。そもそも人間の目はそれぞれ色の見え方が微妙に違うのだから。

僕自身、あまり押し付けがましい写真を見るのが好きではないから、自分もそういう写真は極力撮りたくないこともある。

それは単純に加工された写真が嫌いということではない。言うならばデジタル写真におけるモノクロだって加工であるし、「不自然な写真」という言い方も、もともと写真というのは不自然で当たり前だと思っているから、特別毛嫌いする理由もない。うまく言えないが、とにかく押し付けがましいと感じる写真が好きじゃないってだけである。

現在僕は数台のカメラを所持していて用途によって使い分けをしているが、このまま年を重ねていけば「もう、撮った写真を誰に見せることもあげることもなくなった。あとは自分のためにだけ撮れば良い」という時期が来るかもしれない。

そのときもし、ライカがこのようなモノクロ専用カメラを販売してたら、他を全部処分してでもそれを人生最後のカメラにしてしまうのも悪くないなと密かに思っている。

・・・いや、百万円を超える価格なのでちょっと無理だな(笑)

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